
倉吉市関金町は安房の国(今の千葉県)館山の領主里見安房守忠義主従の終焉の地であり、堀の山郷神社西側約150mのところに主従を祀った「主従の廟」があります。
里見家の十代目忠義は、1614年大久保忠隣(夫人の祖父)の事件にかかわりがあったとして、常陸国鹿島郡3万国の替地として、伯耆国倉吉に左遷転封し、そののち倉吉神坂、下田中村、堀村(現在の関金町大字堀)と移り、三年近く居住ののち、元和8年(1622年)6月19日に29歳の若さでこの世を去りました。悲運の武将と言われてきた忠義公は、ふたたび安房国に帰り里見家の再起を願ったに違いありません。 このような歴史的背景を有する町民が、忠義公の心中に強くひかれ、関係各所団体が一体となり、忠義公の供養と祭りを計画し、毎年9月第1日曜日に開催しています。 全国の里見一族を招き、山郷神社境内にて神事を行い、山守小学校体育館でイベントを行います。 |